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ディラン好きの日記

転がる石のように

ブログを始めたはいいが、最初のエントリが書き出せないでいる。

3/31

ブログ開設

 

 それから2週間が経つ。

 

 

 

 

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私はまだ手を動かせないでいた。

このままでははてなが出す

 

 

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この脅迫に夜も眠れなくなりそうなので、

今日は私がブログを書き出せない理由を考えてみた。

 

 

 

単純に、文章の書き方がわからない

私は今とても恥ずかしい。

でも隠していても始まらない。最初に打ち明けておくことで、今後のブログライフも楽になるし。。

 そーいえば普段の生活の中で文章を書く機会は少ない。身近にあるTwitterは一行二行の感想に過ぎないし、日記にしても殴り書きみたいなもので、自分が見ればわかるけど、他人がみてわかる程、論理立てて書いたりしない。まともに文章を書いた記憶と言えば、人生の中でも学生の時の卒業論文くらいだ。私は相手に伝わるように文章を書くとなると、この卒業論文の時の途方も無い作業を思い出してしまう。ちゃんと起承転結を意識して…論理が食い違っていないか…先生、提出期限をあと一週間だけ…今年の卒業は無理?まじ?とか。

 

私のように、文章を書くことは骨の折れることだというイメージがあり、なにかブログで発信してみたいけど、自分には無理だ。と諦める人は多いのではないだろうか。

 

 そもそもブログというのは、形式が定まっていない。

論文のように序論から結論までしっかりと構成されたものもあれば、たった数行で終わってしまうブログエントリもあったりする。形式の自由さはブログの利点だけど、初心者からするとどう書き始めていいか困惑してしまう。

私のように、自分の考えたことを伝えたいという場合、多くは「問題提起」→「仮説(自分の考え)」→「仮説に対する証明」→「結論」という形式になるけど、いかなる形式であっても、多くの人に読まれているブログに共通しているのは、

①書き手の意図がわかりやすい 

②理屈を抜きにしておもしろい

ことだ。つまり、形式に囚われすぎてはいけない。形式はしっかりしてても読まれないブログはたくさんあるのだ。

でも、私が文章の形式に囚われてしまっている本質的な問題は、別のところにある。

 

 

 

読者を意識しすぎている

私は今とても恥ずかしい。

なぜなら、読者が一人もいないのに、読者を意識しすぎているから。

日記と違って、どうしてもインターネット上に公開されるとなると肩に力が入ってしまう。

しかし先にも述べたように、読まれるブログというのは形式よりも、読者におもしろい!と思わせるのが根底にあって、それぞれ他ブロガーと一線を画す個性を放っている。そしてその個性的な文章やテーマ、表現方法が、それぞれターゲットとする読者層の支持を得ているのだ。

つまり読者を意識するあまり、体裁を整えなきゃ!とか、このテーマは書きたいけど過激すぎるかも?と気にするのは、出すべき個性を消してしまい、結果的に個性のない、つまらないブログにしてしまう。

私がほんとうに気にすべきものは、どの読者層に向けて発信するかということであって、“世間一般”ではない。私にはみんなに受け入れてもらいたい、という奢りがあったらしく、それがブログを書き出せない大きな要因となっていた。

 

 

 

はじめの一歩が大事だと思っている

アルファ・ブロガーのコグレマサトさんが

「ブログを運営する上で一番大切なことは、ブログを書き続けることだ」と言っていた。それでも最初のエントリには不思議と気合いが入ってしまう。

かと言ってよくブログ開設後一発目の、今日からブログ始めます!的なあいさつは避けたかった。なんか形式的でつまらないし、そもそも誰に宣言してるんだ?というのが疑問だったからだ。

 そこで、私が普段よく読んでいるブログの著者は、最初のエントリをどう書いていたのか参考までに調べてみた

 

 

ちきりんさん

ネット音痴だった私にブログを読むきっかけを与えてくれたChikirinの日記。

最初のエントリは2005年3月まで遡る。当時まっ只中であったニッポン放送の経営権問題について、このときからちきりん節が炸裂している。ちきりんさんのスタンスが現在まで一貫していることに驚かされる。

 

 

(チェコ)好きさん

ブログ名からもかなり影響を受けていることがバレバレな(チェコ好き)の日記。

チェコ好きさん、ディラン好きに()はつけなかったので許してください。。)

最初のエントリは2012年5月。エルミタージュ美術館展にいってきましたよ、という話。(チェコ)好きさんは芸術系大学院卒で、自身の好きなこと追求して書くということを実践されていて、自分でも好きなことなら書けるかも!?とブログを始めるきっかけをもらった。最初のエントリも、端からみればただ美術展に行っただけの話だけど、自分の好きなことなら立派なエントリにできちゃうんだよというのを思わせてくれる内容。

 

 

フキコフミオ氏

 思わず読んでしまう文章を書くのがフミコフミオ氏。

最初のエントリは2007年3月。幼少期の出来事を相変わらず下ネタ満載で届けている。人間は何歳になっても変わらないのだ、ということを気づかせてくれる。ブログ名の下に“ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。”と説明されているが、その通りだ。最初のエントリからワールドが出ていて面白い。

 

 

暇な女子大生

 年下の人気ブロガーの最初のエントリは2013年5月。“暇女”はブログ開始わずか数ヶ月でかなり話題になっていて、世の中の人はエロと女子大生にめっぽう弱いのだと思い知った。暇な女子大生の魅力は女子がそんなことやっちゃう!?的な体験談、キャッチーな絵の使い方が目を見張るが、最初のエントリから目の付け所がニッチだ。

 

 

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  このように見てみると人気ブログの開始エントリは肩に力が入っていない。まるで自分の日記を書くような感じで始められている。

長くブログを続けるには、書くことが好きでなければならないし、他人の目を気にしていても、人の真似をしていても駄目なようだ。

私も好きなことを好きなように、ゆる〜く書いていこうと思った。

そう、どうせ誰も見ていないのだから。