ディラン好きの日記

転がる石のように

乙武洋匡『五体不満足』が教えてくれたもの

皆さんが幼少期に見た映像で涙したものってなんでしょうか。

私の記憶の中で小さい頃見て涙したのは、思えば「障害」を扱ったものが多いです。

 

一番最初に記憶に残ってるのはヘレン・ケラーの映画。題名は忘れたけどモノクロ映画でした。他には、山田洋次監督の『学校Ⅱ』。高等養護学校が舞台の話でひとつ一つの描写がリアリティがあってショッキングだったし、見終わった後子供ながらにしばらく考え込んでしまった記憶があります。

ドラマでは『聖者の行進』や、ユースケサンタマリアが主演でやってた『アルジャーノンに花束を』、ちょっと前だと『1リットルの涙』とかが記憶に残ります。

子供の頃の自分にとって、自分と違う世界を生きている人がいるという認識は単純にショッキングだったし、自分より大変な状況の人がひたむきに生きる姿に子供ながらに感動したのだと思います。

 

上に挙げたように、今まで障害を扱ったストーリーというのは、病気への絶望やハンディキャップに立ち向かい、悩みながらも懸命に生きてゆく姿を描いたものが主流でした。

その姿に私達は感動し、そのストーリーは障害を持つ同じ境遇の人達を勇気づけてきたのでしょう。

 

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時は経ち一昨年の今頃、古本屋に立ち寄った際、たまたま『五体不満足』を見つけて手にとりました。

五体不満足』は私が小学校低学年の頃、すごく話題になっていました。

気になってはいたけど、読んだことはなく、いい機会だと思って買ってみました。今日はその感想を残しておきたいと思います。

 

 社会で成功してしまった乙武さん

 いままで障害者に求められてきた立場は、障害に負けず、懸命に生きる姿を通して、周りに勇気を与えましょう。というものでした。

これはもちろん強制されるものではないけど、障害者の一つの理想像となっていたように思います。したがって、前向きさと懸命さを持った者が、障害者の中で、成功した人でした。

私が冒頭で挙げたような数々のストーリーは文字通り、私たちを感動させ、勇気づけた成功者たちの話です。でもその中には少なからず深い悲しみが内包されていましたし、成功というのも、いわゆる※1一般社会での成功者というにはほど遠いものでした。

しかし『五体不満足』の中の乙武さんは、様子が違います。

 

 生まれた時から両親に歓迎され、幼少期はいつも周りに人が集まる人気者、ときには番長として同級生をタジタジにしてしまう。高校時代はアメフト部の一員として都大会優勝、文化祭では映画監督という重要ポジションを任され大成功を納める。大学も第一志望の早稲田へ合格。英語サークルに入ったとたんスピーチコンテストで優勝してしまい、街を巻き込んでのバリアフリー化に関与したり、ついには在学中に『五体不満足』を出版。これが大ヒットする。

 

 これ、めちゃめちゃリア充な人生じゃないですか??

五体不満足』の中には、悲しいとか、辛いという感情が強調されていません。

それは障害に対するイメージを変えるための、意図的な部分もあるかもしれませんが、とにかく本人はポジティブだし、あっけらかんとしています。

私自身、障害体験を読んで、羨ましいと感じたのは初めてでした。

この、私に羨ましいと感じさせてしまったことこそ、この本の大きな価値だと思っています。

 

 

第2の乙武洋匡は現れるのか?

一昔前、※2障害者就労というと、工場での単純作業くらいしか選択肢がありませんでした。ちょうど『学校Ⅱ』で描かれる時代です。

 社会の理解も今よりずっと進んでいなかったのではないでしょうか。

それでも技術は少しずつ進歩して、手や足が動かせなくても移動できる電動車いすや、口元の動きだけで文字入力ができるツールが開発されたりと、福祉機器は発展してきました。そのような技術の進歩によって、乙武さんは自身のポテンシャルをどんどん表現する手段を得ています。

 

これに加え、ここ十数年の間に生活にインターネットが普及しました。

インターネットは物理的な移動を圧倒的に減らしてくれました。今では我々の働き方も大きく変わっていて、YouTuberやプロブロガーなど、個人がネットのみで生活できるケースも増えています。

今後はクラウドの時代と言われ、クラウドソーシングのように、自分の得意とするものを商品として売るということが出来てきています。

 

これは私たちだけでなく、障害者就労の形も大きく変えることでしょう。

 

普段の生活は人に手伝ってもらう必要があるけど、ある芸術的センスに秀でいる。そんな人の絵がものすごい価値を生むことだってあるでしょう。

たったひとつでも得意なことがあれば、仕事として活かすチャンスは広がってきています。その価値を取引する場がインターネット、そしてクラウドの世界にあるということは素晴らしいことです。

 そしてこの傾向はクラウド化と機械技術のさらなる発展によって、今後さらに進んでいくでしょう。

 乙武さんのような成功者が現れる可能性は、今後どんどん広がっていくかもしれません。

 

 私はこの『五体不満足』は、障害者の新たな成功の形を示した大きな一歩だったと思っています。

 

 障害者はかわいそうな人だ。

そう思いがちですが、手を差し伸べる、というスタンスよりも、できることを活かせる社会の方が楽しいなと思いました。

障害者はかわいそうなひと、と決めつけるのはもう時代遅れになるかもしれませんね。

 

 ※1 ここでは健常者を中心として捉えた社会を、暫定的に一般社会と表現する。

※2障害の形は人によって様々で、その程度によって目標とするものは様々です。