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ディラン好きの日記

転がる石のように

炎上させれば勝ちみたいな風潮ってなんなの?

 日本はいつしか、炎上社会になってしまった。

ネットを通して個人が自由に発信できるようになってからは、炎上は著名人や芸能人だけの問題ではなくなった。

今はあちこちで、一般人がネット上での炎上を起こしている。

ネット上で炎上する、というのは集客力がある。けんかを観に来るやじうまのように、人は炎上している所に引き込まれる。PV数を稼ぎたいブロガーや目立ちたいSNS利用者にとって「炎上」はひとつの目標にまでなっているようだ。

自分の発言が発端となり、社会があれこれ騒ぐ、というのは自分が何者かになったような錯覚を与える。自分という存在が認められるような気がする。

赤木智弘氏は、そんな輩の一人だ。

 

丸山眞男をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、 戦争

 

  このキャッチフレーズに、人々は反応せざるを得なかった。

善良な人は、この若者の思想を「なんとかしなければならない」と説得しようとした。

一目置かれたいと思った者は、味を変えて同調しようとした。

健全な人は、観て見ぬふりをした。

私は、そんな騒ぎを、また一歩外側から傍観していた。

いつものように騒ぎが収まった後、私はまた気にかかってしまった。あの騒ぎは何だったのか?と

 

若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か

 

 久しぶりに、読むのが苦痛な本だった。それは、赤木氏自身の生活の悲惨さを憂いでのことではない。一つ一つの文章に共感できなかったからだ。

赤木氏は、概ね以下のことを敵視していた。

若者に対する世論

世代間格差

金持ちじゃなく、安定した中産階級

赤木氏の主張はこうだ。

・世間は平日の昼間に出歩く30歳前後の男をみて怪しいって目で見るのはおかしい。

・バブル世代はバブルを崩壊させた責任を取らずぬくぬく生きているのはおかしい。

・正社員という安定した中産階級が待遇の改善を求めたりするから、その下の派遣社員のような貧困労働者が搾取されるのはおかしい。

このような問題提起に対し、彼が導き出した論理は

 

必要なのは社会の流動化
     ↓
平和な社会は安定し、固定化されている。
     ↓
   希望は戦争

 

世間は平日の昼間に出歩いている30歳前後の男を怪しいと言って見てる訳ではない。

 人が人を怪しいと判断するのは、30歳前後という年齢や、平日に働いていないからではなく、身なりや表情といった外見、そして動き方などの行動から判断しているのは言うまでもない。自身の経験から述べているのかはわからないが、世間という言葉で一般化しないでほしい。”怪しそうな人”は、どんな年齢や職業でも怪しい。

この本を読み進めていくと、こんな当たり前の反論を、次から次へとしなくてはいけない。

若者が動ける環境を作るのが大人の仕事でしょう(中略)バブル崩壊にあわてふためくばかりで当時の私たちに仕事を確保してこなかったことは、当時の大人たちの責任です。私が是正すべきだと思うのは、同世代間の格差ではなく、他世代間の格差。

           引用)−若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か−

   

 不思議なのは、世代間の格差を是正したいというのに、戦争をその解決策としていることだ。戦争に行くのは若者であって、そこでひっぱたけるのは、(赤木氏自身が比喩したように)せいぜい丸山眞男のような若者のエリートにすぎない。世代間の流動性なんて生まれない。

 

持つ者は戦争によってそれを失うことにおびえを抱くが、持たざる者は戦争によって何かを得ることを望む。持つ者と持たざる者がハッキリと分かれ、そこに流動性が存在しない格差社会においては、もはや戦争はタブーではない       
            引用)−若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か−
戦争が人々に受け入れられない本質的な理由は既得権益云々の話以前に、誰も殺したくないし、殺されたくないからではないだろうか。
既得権益のために戦争しようとするのは、むしろ国家の中枢である政府であっただろう。戦争において死に、搾取されるのはいつも庶民だ。
赤木氏は自身を最底辺の労働者と揶揄しておきながら、どの立ち位置から物を言っているのかわからない。戦争がタブーである理由は、流動性のある社会をつくるためではない。人を殺めてはいけない、という人間社会のもっとも根本的な理由からだ。
 

 このように、ついツッコミを入れたくなるような文章が延々と続き、疲れきっているところに赤木氏はとどめを刺した。

同誌の読者の年齢層に関しても、論壇誌なんて若い人はなかなか読みませんが、人を雇用する権限があるくらいの年長者が読んでいるはずでしょう。とはいえ、誰も私に対して仕事を与えようとしないし、金銭を融通しようとも思わない。これこそがこの社会の薄ら寒さですよね。 

           引用)−若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か−

この本の結論は、「自分に仕事をくれ」である。「同情するなら金をくれ」以来の潔さだ。

 赤木氏にとって、他の派遣労働者などどうでも良かった。あれだけ自分が置かれた状況を一般化しておいて、最後は「自分に仕事をくれ」である。

丸山眞男をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、 戦争の後、有識者からの応答が雑誌に掲載された。それに対して赤木氏は、「けっきょく、自己責任ですか(http://www7.vis.ne.jp/~t-job/base/maruyama2.html)」で反論している。本書では有識者からの反論の一部が抽出されている。

その中で有識者たちが反論した「死んだ方がマシな状況などない」という反論に関しては、的を得ていなかった。

赤木氏は衣食住、及び金銭的な意味で最低限の生活が送れないから「死んだ方がマシ」と思っている訳ではないからだ。

彼が死んだ方がマシと考える本当の理由は、他者からの賞賛や承認、それに伴う生きがいが得られないからであって、それが恥ずかしくて死んでしまいたい、というのが本音だろう。それは、オタクというものへの偏見や、彼の文章の至るところにちりばめられているが、『31歳、フリーター』という彼の状況を考えれば容易に想像がつく。

その意味で、彼の傷ついた心は有識者たちには癒せなかった。

 

 赤木智弘氏は、希望は、戦争 という過激な言葉を用いて炎上を煽った。

しかし、それは箱だけが立派で、中身は空虚なものだった。

過激な言葉、極論。これを振りかざしたとき、炎上は起きやすい。しかし、他者を納得させるような論理性がないにも関わらず、炎上させた者がさもウェブの重要な発信者として扱われるのは違和感がある。

 

実は私自身、既存価値を一転させるような文章は、すき好んで読んでいる。

だから、『31歳フリーター。希望は戦争』というタイトルに惹かれたのだ。だが、彼の本を読んでがっかりしてしまった。

私はもしかしたら、戦争特需と絡んだ話を期待していたのかもしれない。例えば、障害者は戦前、人間ではないような扱いを受けていて、社会から隠れるように生きるしかなかったと聞く。しかし戦争により傷痍軍人が多く出現したことによって、戦後、彼らへの扱いが社会的な問題となり、様々な保護法案が生まれた。日本におけるリハビリテーションの発展にも寄与したとも言われる。

このように、人災でも天災でも、被害がある一定以上の数になると、社会問題として改善する方向に向かうことがある。このような戦争による副産物を違う視点から見いだし、それを戦争という手段に変わるなにかで模索できなかったか。私は勝手にそんなことを期待してしまっていた。

 

『31歳フリーター。希望は戦争』から8年、赤木氏はもうすぐ40歳という立場で今の若者をどう見るのか。

 

『今の若者は、甘い。』と言おうものなら、次は私に

あなたの頬をひっぱたかせてほしい。