ディラン好きの日記

転がる石のように

社員旅行に行ってきました。(後編)

<前回までのあらすじ>

社員旅行に行ってきました。(前編) - ディラン好きの日記

 

ティンティンチラララチラチラ♪

f:id:dylan-zuki:20160410231229p:plain

着信は管理者からだった。

先ほどまでのお祭りモードから一転

その場は、音が出る方の屁を満員電車でこいてしまった時のような空気が流れた。

社長「出るな...!」

F氏「し、しかし社長...!」

社長これは業務命令だ。ここで出てしまっては、私たちの作戦はパーになってしまう」

 F氏「わ、わかりました。」

着信音が止み、再び店の主人との会話を再開した後も、F氏はそわそわして落ち着かない様子だった。

しばらくして、呼んでおいたタクシーが到着した。

店を出てタクシーに乗り込む私たち。決戦は金曜日。

 

しかし、F氏がいつまで経ってもタクシーに乗ろうとしない。

見ると、眉をひそめてこちらを見ている。

その顔は、BEGINのボーカルにめちゃめちゃ似ていた。

F氏「社長、やっぱり俺、やめときます」

D「どうしたんですか!早く乗ってください!」

F氏「いやダメだ、俺一応幹事だし...」

社長「そうか...」

社長の表情は揺るがない。そしてまっすぐF氏を見つめてこう言った。

社長「しかたがない...Fには悪いが、ここは犠牲になってもらおう。あいつら(ババア)もアイスと酒が手に入れば落ち着くだろう。純粋に心配してるのかもしれないしな。」

D「そ、そんな...!そんなの僕、嫌です!3人で行くって約束したじゃないですか!」

社長「うるさい!!組織というものは常に、誰かの犠牲の上に成り立っているのだよ」

社長のこんなにも真剣な顔を、職場では見たことがなかった。

 

F氏「そうだぞD、ここは俺が上手くやっとくから、社長と先を急げ。」

F氏の優しい言葉が胸に刺さる。

社長「一息つきながら〜人は人を想う〜」

F氏「一息つきながら〜人は生きてる〜」

社長「一人だけど〜」

F氏「一人じゃない〜」

社長「心の中は〜」

社長・F氏「一人じゃない〜」

私は感極まっていた。それを証拠に、

社長が最近気に入っているらしいCMソングを、変なタイミングで歌われても全く気にならなかった。もはや私たちは、職場の上司と部下という垣根を超えた”同志”だった。

 

こうして私と社長はタクシーへ乗り込み、熱海イチだという繁華街へ。F氏はアイスとお酒を買って、旅館に戻ることとなった。

 道中の車内で社長は言った。

社長「予想通りだな」

D「なにがです?」

社長「この展開だよ。今俺たちは、プランBで動いてる。」

D「プランB?」

社長「いいか、計画を立てる際には主戦略としてのプランAとともに、防衛線としてプランBを張っておく。これはビジネスの世界では常識だから覚えておくといい」

プランB 破壊的イノベーションの戦略

プランB 破壊的イノベーションの戦略

  • 作者: ジョン・マリンズ,ランディ・コミサー,山形 浩生
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/08/25
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 19回
  • この商品を含むブログ (2件) を見る
 

 社長の急な社長ヅラに私は少々戸惑ったが、そうこうしているうちにタクシーはある店の前に止まった。

ピンク色の店の前には、スーツ姿で頭にポマードを塗りたくったおじさんが立っていた。

社長は貼ってある料金を見て言った。

社長「おいおい、高いよ...」

確かにそれは、高いように思えた。

D「社長、ちょっと様子みますか?」

一旦店を離れ、辺り散策することにしたのだが、驚いたことに人に出会わない。そもそも店が開いておらず、営業しているのはコンビニかパチンコ店くらいだった。

 恐るべし、熱海の繁華街。さすがの社長もこれは想定外だったようだ。

仕方なく、さっきのポマードおじさんがいる店に戻る。

値段に関して、社長は「交渉できる」と言った。

「ひとまず様子を見てくる」と店内に導かれる社長。

 5分くらい経っただろうか。社長が降りてきた。

そしてあの暴言を吐いたのである。

社長「ババアだった。アタミ死ね」

 

どうやら、店の前には出勤中の女性のパネル写真が飾ってあったらしく、それらはどれも、”元”海女さんのようなたくましい方々だったそうだ。

交渉の方も、社長の渋る演技に対してポマードおじさんは「嫌なら他へ。ただし、他に店があれば、の話ですけどね」と言ってうすら笑いを浮かべたそうだ。その話のリアリティに社長は逃げ出してきたのだという。

こうして熱海に絶望した私たちは、帰路に着いた。

社長は帰りのタクシー代をケチるほどに気が小さくなっていた。

 暗闇の海岸沿いを歩きながら、私たちはF氏のその後が気になっていた。

先ほどから彼には連絡を入れているのだが、一向に既読がつかない。

「もしかしたらもう海に沈められているのかも..」

社長が怖いことを言った。そしておもむろにケータイを取り出し、貫一・お宮像をパシャりと撮った。

「何してんですか?」私が尋ねると

「アリバイだよ。俺たちは怪しい場所へなんて行っていない。明日のために、観光スポットの下見をして来たんだ。」社長は言った。そして、「あと2千円安ければなぁー」と恨めしそうに空を仰いだ。

社長は頼りになる男だった。この職場も、向こう5年は安泰だろう。

 

長い階段を登り、ヘトヘトになってホテルへ到着。

部屋の扉をそっと開け、さもずっとその場に居たかのような空気感を出して入っていく。「あーーーー!!!」一斉に注目を浴びる。至る所からヤジが飛ぶがよく聞こえない。皆、泥酔しているようだ。

隅っこの方で、小さくなっているF氏を発見した。

 

泥酔した管理者が社長に詰め寄る。

管理者「社長!あなた社長ですよね!?」

社長「はい!僕は社長です!」

管理者「一体どこで何をしてたんですか!?」

社長「明日のために、観光地を視察しておりました!」

「うそつけー」ヤジが飛ぶ。

管理者「証拠は!?」

社長「いやだなーもう〜疑ってるんですか?」

社長がおもむろに取り出したケータイの貫一・お宮像は、真っ暗で何が何だかわからなかった。彼は撮影の際、フラッシュを忘れていたのだ。

社長「あれ?おかしいなー、、でもほら、このフォルム!どこから見ても貫一お宮でしょう!なぁ!?」

私は大きく頷いた。助けを求めようとF氏を見ると、彼は私たちと目を合わせようとしなかった。空一点を見つめ、タバコをふかしている。

(あのヤロウ、裏切りやがったな...)

社長と私は管理者に頭を下げながら、目を合わせてそう悟った。

 

その後の私たちへの始末は酷いものだった。

カラオケでは、社長が歌うと必ず盛り下がった。

対照的に皆とカラオケを楽しむF氏。

幸い、泥酔した管理者が『真夏の夜の夢』を踊りながら歌ったことで、会場は爆笑の渦に包まれ、皆で踊りながら一体となることができた。

D「社長!今がチャンスですよ、挽回しましょう!」

社長「よし!俺が行く!選曲してくれ」

 

私が入れた『長崎は今日も雨だった』は明らかに選曲ミスだった。

皆の顔から笑顔が引いてゆく。

完璧に歌い上げた社長は、私にこう言った。

社長「僕ね、こーゆう恨みに関しては、ねちっこいよ?」

 

----------------------------------------------------------------

こうして最後まで報われることはないまま、第1回目となる社員旅行は幕を閉じた。

社員旅行以降、男たちには不運が続いている。

私は足の小趾を骨折し、社長は原因不明の熱にうなされる等、まるで良いことがない。

熱海で一夜の夢を見ようとした天罰が下ったのかもしれない。

私達は誠心誠意、心を改めなければならないと思っている。

その試みとして次は男性陣のみで、

ススキノあたりへの回心ツアーを目下検討中である。