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ディラン好きの日記

転がる石のように

国際福祉機器展(HCR2016)に行ってきた

目覚ましが鳴る。慌ててスマホに手を伸ばした。

朝8時。

10時にビックサイトだから、約束まであと30分は寝れる。

 

 

目覚ましが鳴る。慌ててスマホに手を伸ばした。

朝9時半。

約束の時間まで、あと30分しかない。

終わった、と思った。

福祉用具のF氏に電話をかける。

「すいません、約1時間遅れます。先入ってて下さい」

「しょうがねーな」

F氏は思いのほか、にこやかだった。彼は出張で来ているけど、私は有休を使っているので、まあどちらでも良いのだろう。

私も出張なら、寝坊などしなかっただろう。有休、という潜在意識が私の気を緩ませた。私は気を抜くとすぐ楽な方に進んでしまう。

もう何がどうしたって間に合わないので、駅までの道を急ぐでもなく歩いた。駅の入り口には階段とエスカレーターが並んでいたけど、皆エスカレーターに吸い込まれていく。私も前に倣ってエスカレーターに乗る。もはや駆け上がることもしない。改札に着くと近くのエレベーターから若者が数人出てきた。私よりも怠惰なやつがいるな、と思った。人は自然と楽な方を選ぶ傾向がある。 

 

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 国際展示場前に着くと、人の波はもうまばらになっていた。

 

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国際福祉機器展(通称HCR)は、私が学生の頃から行ってみたかった展示会で、毎年この時期に開催されている。

国内だけでなく、世界中のメーカーが最新の福祉機器を紹介する。ここに来れば福祉機器の最前線がわかるビックイベントだ。

 

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会場内はあまりに広く、無数の企業がブースを作っているので、何から見ればいいのか迷ってしまう。

 辺りをキョロキョロしていると、F氏に呼びとめられた。

「遅いぞこのやろ〜」

F氏はすでに、各ブースでもらったであろうパンフレットが入った大きな手提げ袋を両手に抱えていた。

せっかくなので毎年来ているというF氏にイチオシを紹介してもらうことにした。

まずはこれ。

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見た目は普通の歩行車と変わりないが、実はこれ、電動アシスト付きの歩行車だ。

センサーが道の勾配を自動で感知し、上り坂の時はギアで前に進みやすいように、逆に下り坂ではブレーキをかけてくれる。こうすることで、一定のスピードで進むことができる。

実際に押してみた感覚では、上り坂で歩行車の重みをまったく感じなかったし、下りも適度にブレーキがかかり、安心感があった。

歩行車の重量もバッテリーが小型化されていて軽いし、なによりコンパクトなのが良い。バッテリーも連続3時間程度もつそうなので、買い物へ行くぐらいなら十分だろう。

一つだけ、上り坂でアクセルがかかりすぎて転倒してしまわないかが懸念されたが、アシストの強度も弱・中・強とボタンひとつで調節できるみたいなので安心した。

 

続いては、車椅子のブース。

この車椅子、どこかが普通と違うのだけどお気づきだろうか。

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正解はフットレスト(足置き)が地面についている点だ。

これが何に役立つのかと言うと、フットレストに足を乗せたまま立ち上がっても転ぶ心配がなくなる。普通の車椅子では立ち上がる際、まずフットレストから足を降ろし、次にそれをはね上げてから、ようやく立ち上がらなければならない。もしもこの工程を忘れてフットレストに足を乗せたまま立ち上がれば、その重量で車椅子が前方に傾き、大変危険な状態になる。このような転倒事故は認知症の方を中心に一定の割合で起こる。しかし、この車椅子ならフットレストは地面についているので、フットレストの上げ忘れによる事故を回避できる。地面についていたら車椅子が前に進まないじゃないか、という心配は無用だ。このフットレストは座面と連動していて、座った重みでフットレストの位置も上がるようになっている。逆にフットレストに体重を乗せると、座面が少し上がる。単純な仕掛けなのだけど、画期的だなと思った。

使いどころを間違わなければ、これもかなり有用だろう。

 

次にF氏と向かったのは、2015年度グッドデザイン賞も受賞した、次世代型電動車椅子WHILLだ。

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これは一昨年くらいからテレビで紹介されていて気になっていたもので、確か多くの企業がこぞって投資をし、開発されたものだったと思う。

機能についてはこちらの動画を見た方が早いだろう。


WHILL Walk Outside

乗ってみて感動したのは、なによりもその操作性の良さだった。

四輪駆動なので右手の小さなスティックを少し動かすだけで、自由自在、なめらかに動く。動きにストレスがなく、単純に乗っていて気持ちがいい。

回転半径が69.3cmと、70cmを切っているのも嬉しい。電動車椅子は大きいというイメージがあるけど、一般的な車椅子の最小回転半径が75cmなので、それよりも省スペースで回転できる。7.5cmまでの段差なら越えられるというのもすごいと思う。

でも、WHILLがここまで注目を受ける最たる理由は、デザインだと私は思う。

WHILLを一目見て、私は「乗ってみたい」と思った。

気になっていたからではなく、衝動的にそう思ったのだ。このように、「とにかく使ってみたい」とワクワクさせる福祉機器というのは、そう多くはなかった。今までの福祉機器は、何かを補う”手段”でしかなく、当然、機能性と安全性が最も重要だった。しかし、それ以外の部分はむしろ蔑ろにされてきた節があった。

 だが、状況は変わってきているのかもしれない。WHILL,Inc.は2012年に創業したベンチャー企業だが、今回HCRに来て感じたのは、誰もが知ってる大企業が多く参入していることだった。

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 中には福祉のイメージがまったくない企業も。

 

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 これを見て、すごく心強いな、と思った。

今までの福祉機器製品は、どこかダサいイメージがあった。それは先に言ったように機能を追求するあまり、それ以外のことにコストをかけられなかった事情があるかもしれない。しかし、パナソニックのような大手家電メーカーには、製品開発にあたって大企業ならではのノウハウがある。最近、家電もおしゃれなものが増えたけれど、そのノウハウを福祉機器に活かせるのは強い。パナソニックは以前からエイジフリーとして、介護サービスやリフォーム事業を進めているけど、この分野における今後の動向には期待してる。

名を挙げたついでにパナソニックの製品を紹介しておくが、何やらすごいものを製品化していた。

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何とベッドマットレスの半分が切り離され、そのまま車椅子になるという代物だ。

これによって寝たきりの人が移乗せずに移動することができる、というのだ。

移乗という動作は介護者にとって大きな負担となりやすい。今までも、この移乗を楽にするような製品は開発されてきた(例えばリフター)。だが、そもそも移乗をさせないようにする商品が出てくるとは思わなかった。

 

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寝たまま座位がとれるベッド

 

介護者の負担が楽になるのは、介護現場において非常に重要な要素だ。今後も介護者目線に立った便利な福祉機器の開発は進むだろう。

では、被介護者目線ではどうなのか。

移乗されず、ずっと同じマットレスの上でいることは、やっぱり楽なのだろうか。

少なくとも移乗動作(立ち上がる・方向を変える・座る)によって受ける、空間的、抗重力的な刺激量は減ると思う。

介護者の立場に立った製品は、必ずしも、被介護者の立場に立っているとは限らない。だがそれは、専門職の立場からの意見に過ぎない。最終的には、介護者・被介護者が何を選ぶか、にかかっている。

介護に辟易してしまうくらいなら、無理せず楽な方を選んだほうがいい。

「自分の脚で歩けなくてもいい、WHILLがあるから。」と言われれば、そうする他ない。それは意思の問題で、誰も個人の意志決定には抗えない。

頑張ってリハビリを続ければ歩けるようになる人でも、「歩けなくていい。」と言われれば、それまで。それはクールな福祉機器が代替するから問題ない。

そうは言っても、現状はやはり自分の脚で歩きたいという人は多い。家族も、自分の脚で歩けるようになってほしいと願う人が多い。

でも、これからもずっとそうかと言われると、違うかもしれない。

クールで快適な機械があるのに、それでも辛いリハビリを選択する人がどれだけ居続けるのかわからない。

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私はWHILLを必要としない。自分の脚で歩くことができる。でも、欲しいと思った。

それは手段としてではなく、もはや趣味のような感じだ。

街中で走っているWHILLを見る。「あれ、かっこいいな」「乗ってみたいな」と思う人がいる。徐々にユーザーが増える。多くの企業が類似品を作り、低価格化が進む。もう街中でWHILLを見かけるのは珍しいことではなくなった。あちこちでWHILLが走っている。中には、まだまだ歩けそうな人も乗っている。そのうち、誰もWHILLを好奇の目で見ることはなくなった。

こうして本当の意味でのバリアフリーは達成される。

WHILLのようなクールな福祉機器は、それを実現する可能性を秘めている。

  

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 世の中はどんどん良くなっていく。それは大手の福祉分野への参入によって加速している。この分野は伸びしろが大きく、これからも熾烈な競争にさらされるだろう。いずれにしても、選択肢が増えるのは良いことだ。

機能とデザインの革新によって、福祉機器を使用することに対する抵抗は徐々に減っていくだろう。私が介護を受ける年齢になった時、私は何を選択するのだろうか。

今まで散々患者に歩くようにと言っておきながら、自分は楽な選択をしているかもしれない。今朝の自分のように。

 なにしろ人は放っておくと、楽な方を選ぶのだから。