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ディラン好きの日記

転がる石のように

人との接し方の秘訣は、認知症ケアの方法論の中にあった

 

新しい生活をスタートさせて3ヶ月が経とうとしている。

クラスの中でまだまだ居場所が見つけられないという人

職場で苦手な人との関わり方に悩む人

好きな人にうまく話しかけられないという人

親子のあいだでコミュニケーションがうまくいっていないと感じてる人

いつの世も、どの世代でも、コミュニケーションにおける悩みは尽きない。

 

 

しかし、この悩みを解決するヒントは意外にも、ときに“人間としての理性を失ってしまった”ように揶揄される認知症患者に対するケアの中にこそ、隠されている気がしてならない。

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ユマニチュードという言葉を知っているだろうか。

昨年日本でも注目され、テレビで特集もやってたから聞いたことがある人もいるかもしれない。

ユマニチュード入門

ユマニチュード入門

 

 

これはフランス生まれの認知症・高齢者ケアの技法のことで、語源は1940年代の植民地に住む黒人が、自らの“黒人らしさ”を取り戻そうと開始した活動「ネグリチュード(Negritude)」に起源を持つ。その後1980年にスイス人作家が、人間らしくある状況を上記を踏まえて、ユマニチュード(Humanitude)と表現したらしい。

つまりユマニチュードは、人間らしさを尊重したケアの技法ということになる。

 

そもそもこのような考え方が注目を集めたのは、これまで人間らしさを蔑ろにしたケアが常識となっていた背景がある。

 

ケアの現場は常に2つの課題を抱えていた。

効率を求めれば、手厚いケアは犠牲にせざるを得ない

手厚くケアを行えば、他の誰かのケアは犠牲にされる

このような前提条件のもと、有限な時間と資源の中で、平等性を確保するために、業務遂行型の仕事スタイルをとるようにケアの現場はシフトしていかざるを得なかった。

しかし、効率重視のケアは、多くの患者に受け入れられず、逆に非効率を生むようになってしまった。

それは働き手にとっても望ましいものではなく、今なお看護師や介護士の離職に拍車をかけている。

ユマニチュードは、そんな業界に射したひとすじの光かもしれない。

一人の人として“認め、尊重する”というコミュニケーションの基本は、当たり前だと思うかもしれないが、実は難しい。

アタマではわかったつもりでも、示せていない。忘れているか、或いは示す方法をちゃんと学ぶ機会がないからわからないのだ。

コミュニケーションにおける問題は、この基本をないがしろにしたために起きる。

 

 

『ユマニチュード入門』では、出会う前の準備からはじまり、具体的になにをすればいいのか明示してくれるので、そこらへんのコミュニケーションに関する自己啓発本よりも有用だと思う。そしてなぜそうしなければならないのか、という疑問にも答えているので、個人的には納得しやすかった。

 

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『ユマニチュード入門(医学書院)』 目次

 

ユマニチュードでは、「自分は害のない存在」であることを相手に示すためのノン・バーバルなコミュニケーションを重視している。

これはいかにも、論理的というよりは情動的な存在である認知症患者のケアとして特徴的だが、コミュニケーションにおける快・不快を決定づけるのはやはりノン・バーバルな部分だというのは、私達の普段の生活の中でも共通している。

 

とりわけ感情で動かざるを得ない認知症患者に対する接し方を知るということは、

あらゆる論理を取り除いた究極のノン・バーバルコミュニケーションを学ぶということでもある。

 

そーゆう意味で

この本は、医療従事者や患者の家族には必ず読んでほしいし、

人との接し方に悩んでいるすべてのひとにもお勧めしたい。

 

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